1.開講に寄せて


●娘が2歳の誕生日を迎えた頃から、私は「森のようちえん」という、自然の中で未就学児の育児をする親子サークルに週一回参加してきました。
ドイツのシュタイナー教育をお手本に、「いつもの森でいつものお友達と」過ごすその経験は、私にとって大変貴重で大きな財産となっています。
そこには、優しく温かい雰囲気の母さんたちが多くいらして、声を荒げて子供を叱ることは滅多にありません。子供たちの自主性を重んじ、危険なことをした場合だけ、優しい厳しさで目を見てゆっくり話す。自然素材を使った遊び道具を使い、ものを大切に扱い、暮らしも細部にわたりとても丁寧です。
子供たちは、「ニコニコとそこにいる」母さんたちのもと、安心して伸び伸びと遊び、疲れたら抱っこしてもらい、手を繋ぎ、また手を放して土や草や昆虫たちと戯れます。

もともと「穏やか」とは程遠い性格の私は、このゆったりと流れる「森時間」にカルチャーショックを受け、こんな風に子供たちと接していけば、さぞかし情緒豊かな子が育つであろうと、他の母さんたちをじっくり観察し始めました。
静かで穏やかな母さんたちは、実は手芸や園芸や料理や写真といった得意分野を密かに持っていて、思わぬところでその才能を発揮されている方がほとんど。かといって、それをひけらかすことなく、さりげなく「人のために、みんなのために」自分の才能を惜しげもなく使っていらっしゃるのです。
普段、ピアニストとして、人前で演奏し話す、いわゆる「目立つ」仕事をしている私にとって、この「森のようちえん」での経験は、価値観がひっくり返るほどでした。

●コロナ禍からようやく明るい兆しが見え始めた頃、私は自宅に月に何度もお友達をお招きすることを始めました。
主なお客さんは、年長さんになった娘の、幼稚園のお友達。
幸いにも我が家には、コンサートやお教室をするための(普通の家にしては)わりと広いスペースや庭や駐車場があって、10組以上のご家族が遊びにきてもなんとかなります。
いつの間にか我が家は、園のお友達のほとんどが一度は来たことがある溜まり場のようになりました。私は、それをとても嬉しく思い、きっと自分は、たくさんの人と触れ合い「おもてなし」をすることが好きなのだろうという結論に至りました。
とはいえ、特別なことをするわけではありません。安心して遊べる場所を提供し、夏場は冷たく冬場は温かい飲み物を準備し、あとは遊びにいらしてくださる子どもたちとお母さん方にお任せしていました。それでみんな充分楽しそうで、私もとても幸福でした。

●現在、娘が小学校に入り、もうすぐ3歳の息子と時折二人で森のようちえんに行く日々。この赤ちゃんから幼児期の、可愛い、ほんわかと丸い、ふにゃふにゃした時代があと数年で終わってしまうことに大変寂しさを感じています。そして、それらを忘れていく速さと言ったら!自分でびっくりするほどです。それくらい、子どもたちの成長は早いです。
まだ自分の子が小さなうちに…今のうちに。貴重な森での子育ての経験や、「おもてなし」が好きな自分、そしてもともと私が持っている音楽の知識とピアノの技術(というと大げさですが)を組み合わせて、「小さな人と、そのご家族のために」なにか出来ないだろうか、と思い始めたのが、この親子音楽クラスを作るきっかけでした。

普段、舞台の上、つまり一段高いところから、皆さんに演奏をお聴きいただいていますが、それはちょっと違うのではないかと思い始めたのもきっかけの一つです。私の演奏など、大したものではありません。本当に音楽が好きな方は、世界の一流の演奏家たちの演奏をお聴きになるべきです。
ただ私が出来ることは、お聴きくださる方に寄り添い、なるべくわかりやすく、本格的な楽曲の良さに気が付いていただくよう、心を動かしていただけるよう、工夫することです。親子音楽クラスは、その導入にならないだろうかと考えています。

●また私は毎日、個人レッスンにおいて生徒たちに本気で音楽を教えていますが、そこで「ソルフェージュ」の大切さを痛感しているのも、きっかけの一つです。
ある程度ピアノが弾けても、歌えない子が多い。例えば、小学5年生のとある生徒さんは、ピアノが弾ける親御さんに手取り足取り教えてもらっていたため、曲を全て耳だけで覚えてしまって、譜面はほぼ読めないままだったことに最近になって気が付いて愕然としたこともあります。
巷にはリトミックという素晴らしい幼児音楽教育の分野もありますが、私は、リトミックとはまた違う角度から、ピアニストとして、またラジオパーソナリティとして、15年以上培ってきた実際の経験をもとに、私に出来ることを、小さなお子様とご家族のためにさせていただきたいと思っています。

2023.6 中沖いくこ

Screenshot